最終更新日:2017.10.3.

DDBJ30年のあゆみ

DDBJ 30年のあゆみ

1940 -

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第1回(2017.03.06)

世界の DNA データ集約

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国立遺伝学研究所創立

文部省所轄研究所として設置。庶務部及び3研究部で発足。初代所長には、小熊捍が就任

1949(昭和24)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第2回(2017.03.13)

学閥離れゼロから出発

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1950 -
DNA 二重らせん構造発見(Watson-Crick)

1953(昭和28)

遺伝暗号が3個の塩基配列であることを解明(Brenner)

1953(昭和28)

1960 -

分子進化の中立説(木村資生)

1968(昭和43)

1970 -

遺伝子組み換え技術の確立(Cohen-Boyer)

1973(昭和48)

DNA塩基配列決定法の確立(Maxam-Gilbert)

1973(昭和48)

1980 -

EMBL がデータライブラリー設置

1980 (昭和55)

データバンクの必要性が論じられ、各国で収集が始まる

1981(昭和56)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第3回(2017.03.20)

データの処理が課題に

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静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第4回(2017.03.27)

改組前に”目玉”求める

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日本での組織作りが検討されデータの配布や管理を行うセンターの遺伝研への設置が決定

日本での組織作りが検討され、国内でDNAデータバンク運営委員会設置。S59年度に遺伝研が共同利用研究機関に変更される際に、データの配布や管理を行うセンターの遺伝研への設置が決定(五條堀(丸山研究室)・舘野(木村研究室)が遺伝研研究員に
1983(昭和58)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第5回(2017.04.03)

木村氏中心に体制構築

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進化遺伝研究部門で丸山・五條堀がDDBJ業務を部分的に開始(約4400遺伝子 約370万塩基)

1984(昭和59)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第6回(2017.04.17)

密接な学者の関係 礎に

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丸山・五條堀がDDBJ業務を積極的に進める。

    業務内容は

    • 希望者へのデータ配布(GenBank, EMBL, NBRF, DDBJ )媒体は8インチフロッピーまたは磁気テープ
    • 遺伝子名、キーワード棟のリスト配布
    • 解析プログラムの提供(計算機資源の提供は無し)
  • 米国で開発されたDNA配列検索とアラインメントプログラムが日本で初めて富士通F160M で稼働
  • ニュースレターNo1 発行

1985(昭和60)

計算機は、中型機FACOM M150F(計算速度はFACOM M380の約1/50) 外部からの接続は不可。

1980(昭和55)

遺伝情報研究センターに設立された遺伝情報分析研究室がこの年よりDDBJ業務を担当。

Jan 1986(昭和61・1)

業務を担当するコンピューターが認められる。

1986(昭和61)

遺伝情報分析研究室に宮沢三造就任

データ入力作業開始(当初はGenBankフォーマット)
データ作成、入力作業は日立ソフトに外注。
データは、日本で出版される学術雑誌と日本の研究者が主体となって発表される論文から抽出
この時から、 “Annotator” という言葉が使われている

Dec 1986(昭和61・12)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第7回(2017.04.24)

人材と予算確保に苦慮

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遺伝情報研究センター棟竣工。

Feb 1987(昭和62・2)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第8回(2017.05.01)

最新計算機導入に腐心

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(FACOM M-380Q)運用開始。公衆回線(電話、パケット)によるサービス開始

Mar 1987 (昭和55.03)

DDBJ リリース1 完成

66エントリ・108970 塩基。当初はDDBJで入力したデータのみ。

Jul 1987(昭和62.07)

電話回線、パケット回線によるDDBJへのオンラインアクセス可能に。

Nov 1987(昭和62.11)

遺伝情報研究センター長 丸山毅夫教授死去

Dec 1987 (昭和62.12)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第9回(2017.05.15)

丸山センター長が急死

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ヒトゲノム計画のスタート

1988(昭和63)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第10回(2017.05.22)

ヒトゲノム計画が加速

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DDBJ/EMBL/GenBank データバンク会議を三島で開催

1989 (平成1)

研究者自身によるデータ入力支援ソフトウェア(Authorin)が完成

1989 (平成1)

1990 -

組織再編により五條堀がデータバンク長に就任。

その他のメンバーは、舘野(データバンク業務担当) 斎藤(広報担当)、鵜川(データベース運営担当)、林田(ソフトウェア開発担当

Jul 1991 (平成3. 1)

富士通製FACOM M-770/10UTS の運用開始

CPU の演算能力が2倍に、ディスク容量7.5 -->20ギガバイト

Mar 1991(平成3.3)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第11回(2017.05.29)

拠点の受け入れを拒否

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静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第12回(2017.06.05)

予算減で存続の危機に

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静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第13回(2017.06.19)

共同利用の役割 意識せず

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静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第14回(2017.06.26)

ユーザーによる登録へ

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データ登録はフロッピーやメールなどで受付(提供したサブミッションフォームの形でデータ作成)データ配布は磁気テープ(希望者がテープをDDBJに送り、コピーして返送)

Jul 1991 (平成3. 7)

Release10 公開。今回より GenBank/EMBL のデータも含めた形となり、名実ともに「国際DNAデータベース」となった。

59,233 エントリ・77,701,394 塩基。
Feature Table 中のfeatrue key もGenBank/EMBL と共通のものを使用。
News Letter の英語版を開始。

Jan 1992 (平成4. 1)

データバンク長に舘野義男が就任

内部組織を改編し、データバンク事務局、データバンク情報局、データバンク運営局を置く。スタッフ(教員)は、池尾、鵜川、北上、五條堀、斎藤、舘野、山崎。

Apr 1992 (平成4. 4)

DDBJ Release12 公開。リリースの頻度を 2回/年 --> 4回/年に

当時のデータバンクの運営費は、
GenBank:54億、EMBL:約35億、DDBJ:2億(コンピュータリース代、人件費も含む)

Jan 1993 (平成5. 1)

日本学術会議遺伝学研究連絡委員会報告(日本DNAデータバンクの整備拡充の緊急性について)

DDBJ/GenBank/EMBL の事業規模の比較におけるDDBJの年間予算の少なさ、国際貢献度に低さに対し、研究事業費、コンピュータレンタル料の確保、スタッフの増員など、 DDBJの早急な整備・拡充の必要性が唱えられた。

May 1993 (平成5. 5)

特許データの取り込み開始

Jul 1993 (平成5. 7)

blastメールサーバの運用開始

Dec 1993 (平成5. 12)

DDBJのWWW運用開始

Dec 1994 (平成6. 12)

CIB内に移動

国立遺伝学研究所に生命情報研究センター (CIB; Center for Information Biology)が 設置され(センター長:五條堀孝)、DDBJはCIBに移動 。

Jul 1995(平成7. 4)

WWWによる、FASTA, BLAST, SAKURA(塩基配列登録システム)運用開始


blast(相動性検索)


SAKURA(塩基配列登録システム)

Dec 1995 (平成7. 12)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第15回(2017.07.03)

大量データ時代の夜明け

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電子計算機棟の竣工・スーパーコンピュータの導入

汎用計算機(Fujitsu VPX/210/10S) から スーパーコンピュータ(富士通VPP500/40:主記憶 40GB, 磁気ディスク330GB) に。主システムに加えて、相同性検索サーバ等の各サービス用サーバも導入。

Mar 1996 (平成8. 03)

国際実務者会議が三島で開催(4/15 - 4/19)

Apr 1996 (平成8.04)

DDBJのアクセッション番号が現在の形(アルファベット2文字+6桁の数字)に

Dec1996 (平成8.12)

生命情報研究センター棟が完成し研究実験棟より引っ越し(現在に至る)

Dec1996 (平成8.12)

WWW による様々なサービスの提供開始
ホームページを一新。データベース検索(getentry, TXSearch, GIB, 相同性検索、PDB Retriever)、データ解析(ClustalW, malign) などの提供開始し、各サービスで次々に機能拡張や検索対象データベースの増加など、wwwサービスの充実が図られる。スーパーコンピュータについてもホームページで紹介。(1997年当時のDDBJ担当教員は、五條堀、舘野、西川、菅原、斎藤、池尾、今西、深海、宮崎、太田)

Dec 1997 (平成9.12)

線虫全ゲノムの塩基配列決定

Dec 1998 (平成10.12)

SRS(Sequence Retrieval System:キーワード検索システム)のウェブ公開開始

 

Mar 1999 (平成11.03)

第12回国際実務者会議を三島で開催(4/19-22)

Apr 1999 (平成11.04)

ヒトゲノム計画の一環として 22番染色体解読

Dec 1999 (平成11.12)

2000 -

ヒト21番染色体のシークエンシング完了

May 2000 (平成11.05)

生命情報研究センターから生命情報・DDBJ研究センターへ改称。 登録データのデータベース編集システム Tsunami の完成

Jan 2001 (平成12.01)

公開塩基数100億突破

DDBJ/EMBL/GenBank 国際塩基配列データベースとしてDDBJから公開し多層塩基数が100億bpを超える(2000.09.25: 総塩基数 : 10,006,156,465 bp ,エントリー数 : 8,614,133)

Sep 2000 (平成12.09)

DDBJHPのデザインとロゴ更新

Jan 2001(平成13.01)

DDBJメールマガジン配信開始

May 2002(平成14.05)

第15回国際実務者会議を三島で開催(5/20-22)

May 2002(平成14.05)

マウスゲノムドラフト配列公開

May 2002(平成14.05)

公開塩基数200億突破

2002年05月28日現在 DDBJ から公開された総塩基数: 20,034,081,266 bp, エントリ数: 17,240,418

May 2002(平成14.05)

WGSデータ公開開始

Jul 2002(平成14.07)

ヒトゲノム全配列読解完了宣言



ヒトゲノム全配列読解完了を小泉首相(当時)に報告する研究者たち。左から3人目が榊佳之プロジェクトリーダー(国際シンポジウム講演者。関連動画)。右から2番目がDDBJの菅原英明教授(当時)

Apr 2004(平成16.04)

ARSA(キーワード検索システム)の試験運用開始

 

高速XML型データベースエンジンを使用。検索対象はDDBJ定期リリースと新着データのみ。毎日夜間にデータ更新のため中断

2005 (平成17)

第18回国際実務者会議を三島で開催(5/16 - 18)

2005 (平成17.05)

次世代シーケンサーの登場(Genome Analyzer:Illumina社)

        2005(平成17)

スパコンシステムの新システムへの更新

Mar 2007 (平成19・03)

DDBJ CIB-DDBJセンター長の交代

新センター長に菅原秀明が就任。

2009 (平成20)

DDBJフラットファイルのE-mailアドレス、電話番号、FAX番号の非表示化

Aug 2007 (平成19・08)

DDBJHPのデザイン、ロゴ変更

 

2007 (平成19・10)

SRAデータの受付、NCBI SRA への仲介登録を試験的に開始

2008 (平成19)

DDBJ CIB-DDBJセンター長の交代

新センター長に大久保公策が就任。

Apr 2009 (平成20・4)

第21回国際実務者会議を三島で開催(5/20 - 22)

 

2008 (平成19)

Trace Archive の受付・公開開始

2008 (平成19)

E-mail による検索サービス終了。SRS終了

2008 (平成19)

DDBJ Sequence Read Archive(DRA),DDBJ Trace Archive(DTA) ウェブサイト開設

JST-BIRD事業の資金援助を受けてSRAデータ登録・公開システムの開発を開始。

2009 (平成20)

DDBJ 運営スタッフの大幅な異動

DBCLS との連携を強化。(担当教員:大久保、高木、中村、小笠原、神沼)

2009 (平成20)

2010 -

日本人の個人ゲノム配列が公開

理化学研究所 ゲノム医科学研究センター による、国際ハップマッププロジェクト で用いられた日本人男性の全ゲノム配列の解析。

        Sep 2010 (平成21・09)

東北大震災発生

原発事故による計画停電の影響によりスパコンシステムの長期停止や各種サービスの断続的稼働等、DDBJにも大きな影響を及ぼした

2011 (平成22)

第24回国際実務者会議開催(5/23 - 27)
2011.03.11 に発生した東北大震災の福島原子力発電所事故による電力不足の懸念等により大阪で開催された。

2011 (平成22)

BioProject ウェブサイト開設

2011 (平成22)

遺伝研スパコンシステムの更新

2012 (平成23)

DDBJ の改組

CIB-DDBJ から独立し、「DDBJ センター」として国立遺伝学研究所の事業系センター(共同利用事業センター)の1に。センター長に高木利久が就任・

2012 (平成23)

冨田勝教授の個人ゲノム配列がDRAより公開

Jul 2012 (平成23・07)

Web版塩基配列登録システムベータ版の公開開始

Sep 2012 (平成23・09)

SAKURA でのデータ登録受付終了

Oct 2012 (平成24・10)

DDBJホームページのデザインとロゴの更新(現行のものに)

 

May 2013(平成25・05)

JSTと共同でヒトの制限公開データベース(JGA) の運用開始

2013 (平成25)

第27回国際実務者会議を三島で開催(5/20 - 22)

 

2014 (平成26)

DBCLS/NBDC/PDBj/DDBJ 合同講習会(All-in-one 合同講習会)を開催

日本の基盤的生命科学データベースの構築・管理・運営を担っているバイオサイエンスデータベースセンター(NBDC),ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS),日本蛋白質構造データバンク(PDBj),日本 DNA データバンク(DDBJ)が、第1回の合同講習会を開催(7/18 大阪)

July2015 (平成27・7)

第30回国際実務者会議を三島で開催(5/24 - 26)

 

2017 (平成29)

国際シンポジウム開催(5/27 - 29)

シンポジウムで講演する高木センター長

(2017.09現在のDDBJ担当教員:高木、中村、有田、大久保、小笠原、神沼、原、川島)

2017 (平成29)

静岡新聞連載「遺伝子バンク30年」第16回(2017.07.10)

適切な整理・活用が課題

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